「黒須君、ずいぶん熱心に見てるね」
「うん。すごく興味深いよ。」
「へぇ。どれ?」
「この白いやつ。一見真っ白で何もないのかと思った」
「確かに近寄らないとわからないわ。近寄ってもなんか記号っぽいっていうか意味が分からない。」
「タイトルは『M3』だそうだ。」
「『M3』またまた訳わかんない!」
「そうだね。ここにある作品はこの展覧会のために作られたものだそうだよ。3つのMという意味だとすると一つは明治神宮のMかもしれないね」
「そうなんだ。じゃあ、あとの2つは?」
「このアイコンめいた図像はデューラーという作家の作品Melencoliaに由来しているようだ。だから一つはMelencoliaのMだろう」
「お、すごい。じゃ後の一つは?」
「わからない。MuseumのMかな?」
「あ、いきなり普通だ」
「そりゃそうだよ。だって別に手掛かりないんだもの。mouseだろうがmouthだろうがmoonだろうがなんでも入りそうだし。」
「そもそもそのMelencoliaって作品は何なのよ。」
「うん。15世紀ドイツのルネサンス期の画家、版画家、数学者であるデューラーが1514年に制作したとても有名な版画なんだ」
「そうなんだ。有名って言っても美術が好きな人の間ででしょ。」
「そうだね。ピカソのゲルニカとか北斎の神奈川沖浪裏みたいにかなりの人が思い浮かべる絵に比べれば知らない人のほうがずっと多いだろうね。」
「それはそれでいいわ。でMelencoliaっていうのは?」
「版画作品でとても緻密で高度な技術で制作されている。デューラーの三部作で版画の最高峰でもある。絵の主題は【四体液説】に基づいていて『憂鬱』をテーマにしている。【四体液説】は宇宙は4つの元素からできており、それらが人間の持つ4つの体液「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」に対応していて人間の状態や行動や気質を規定するという説なんだ。」
「ふーん。その有名な版画とこの作品はどう結び付くわけ?」
「この作家はデューラーに傾倒しているんじゃないかな。なぜかはわからないけど。以前銀座の画廊の資料でみた作家と同一人物みたいだね。」
「あぁあんときも饒舌に語っていたよね~」
「うん。でもあの時も何か勝手に感想があふれてくる感じだったんだよね。それで、この作品だけど、そのMelencoliaに描かれているモチーフを分解しているみたいだね。今風にアイコン化している。」
「アイコンねぇ」
「でもそれだけじゃない、装飾的に見えてるけど、数学的な図形も入っている。ほら、これはコッホ曲線という自己相似形の一種だよ」
「また分かんないこと言ってる。何よ、自己相似形って。」
「簡単に言えば部分と全体が同じような形状のこと。分かりやすいところでブロッコリーの一種でロマネスコとか。」
「あーそれは知ってる。美味しいよね。」
「そうそう、美味しいのは大事。いやこの作品だけど多分作者のH et HはMelancholiaにそういった自己相似形を見たんじゃないかな~、と思ったんだ。」
「?}
「そうだよね、それこそよくわからないよね。僕はもともとフラクタルとかZoomingとかいうのが好きなのね。延々と拡大できるようなものとか。今は色々な技術があるから視覚化できるけどデューラーの時代にはそんなことできなかったけど、細密な描写とか観念的にそういったことをしようとしていたのではないかと常々思っていたわけ。」
「うぅぅ。。。」
「いや、唸らなくてもいいよw僕がそういうのが好きってだけだから。」
「そんで」
「うん。デューラーの細密描写は限界まで描きたい欲求があったのではないかと。米粒写経みたいにとにかく人力で可能な限り詳細な描写をしたいのでは、と思ったわけ。多分HetHも同じように感じていてデューラーのMelancholiaとフラクタルを重ね合わせたのではないと言うのが僕の考えなの。」
「ふーん、なんとなくわかる気はする。。」
「お、それは嬉しいな。でもこれ見てるとなんか触りたくなるんだよね。」
「えー、そりゃだめでしょ!」
「うん、そうなんだけどね。。。この作品はインターフェースで背後に広大な世界が広がっている気がするんだよね。」